2011年春の震災に思う
3月11日の大地震で、日本で有名な桜の花見のない春を過ごしました。その震災は東北大地震の自然の大きさをまざまざと見せられた。とても悲惨な光景は、心の奥に焼きついて離れない。悲しみはいつまでの終わらない。あふれるでる涙はとめども出でくる。
多くの悲しみは悲しみで素直に受けとめ、明日に向かって力強くあるかなければならない。それは生きている自分に課せられた役割なのだと思う。まだ自分は、現世の時代に生きなければならない運命なのでしょうね。
運命などとても気にした事がありませんでした、私は何をするようにこの時代に生きているのでしょうか。それは、多くの人とかかわりながら時代を自分なりに積み上げていく人生なのではないかと思っています。それは、前世の自分になにかしらこのように生きるように羅針盤があるのでしょう。自分は、僧侶になるのが今の希望だが、自分を待っている人達がいるのならばそうすべきだと思っています。

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